お馬中毒患者、故郷に帰る
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かれこれ何年ぶりだろうか?
こんなに長い休みがあるゴールデンWは…
あっしがまだ、
肉屋廻りの小僧をしていた時なぞ、
3日 お休み
4日 オシゴト
5日 お休み
ふーん。
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ダンナ、
人ってのは何だか弱気になるって言うんですか…
今日(昨日)は朝もゆっくり飯食って、気楽な感じでお勤めが終了したんだけど。
嬉しい事に、何年ぶりかの再会をした方がたも居たりして…
一人は、
『ウッチャン』と呼ばれているかは知らないけれど、U部長。
この本業やってて、数少ないあっしの尊敬している御方。
もう一人は、Fサン。
この人とは、もう十年以上前だろうか、一緒に泊まり込みの研修に行ったんだよ。
あっしが羽田まで車で迎えに行って、早々研修宿泊所で大宴会。
初めて会ったと言うのにネ。
酒呑めるってのは有難い事ですぜ、ダンナ。
あっしのような、口下手でも気安く話ができるからネ。
結局、毎晩飲んでた![]()
お勉強ってのは、ハムやらソーセージの作り方を習うと言う、初心者向けの研修。
あっしだけ、歳喰ってた者って感じ。
若者たちとの交流も、楽しかったねぇ。
いろんな肉屋から集まってたんだけど、同じ会社からもう一人参加していたんだっけ。
これが女の子で、そう、肉屋の技術系ってのは、オトコ
が多いからネ。
そんなトコに数少ない女の子が放り投げられているって言う寸法ですぜ、ダンナ。
あっしとFサンは、よその肉屋にこの娘をかっぱられちゃなんね、と何故か訳の分からん正義感に刈られちゃいましてねぇ。
まあ、余計なお世話っちゃそれまでですがね。
そんな事もありやした。
再会を果たしはしましたけど、何を話す訳でもなく…
部長がわざわざ車出してくれて、駅迄送ってもらい、ハイ、さようなら。
因果な商売ですぜ、ダンナ。
あっしゃ、何だか寂しくなりやして、歩き疲れた後、珍しく一人で街の居酒屋に馬刺喰いに行きましてねぇ。
7時にゃ眠りについたんだけど。
イヤ、
眠れないね。
何だか、ぽっかり穴があいちまった感じで。
目開いてると、いろんな事を考えたり、思い出したりしちゃって。
一緒に研修していた女の子が言ってた事も思い出しましたョ。
あたしゃ、本業の人とは結婚したくないなんて言ってた事なんかもね。
その人も、今じゃ二児の母になってるようで。
相手ってのが、つまり、面白い事にねぇ、ダンナ、
本業のオトコだからネ。
ホント、人生ってのはいろいろ有るもんで。
この旅終わったら、娘たちと縄跳びでもやりますか、お馬も本業の事も考えずにねぇ。
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久しぶりに故郷の街を歩くと、懐かしい気分だったねぇ。
車で通り抜けると、何てこたぁ無いんだけど、隣の町(上大岡)という駅から、寒空の中をとぼとぼ歩いていると、子供の頃を思い出すんだよね。
子供の時だけじゃありませんゼ。
お馬に行った事、
会社へ通ってた時の事、
などなど…
たまにゃいいもんだね、故郷を歩くのもネ!
懐かしさばかりじゃあ、おじいさんなんだけど、ふと恩人の言葉を思い出したって事なんす。
「ミノルよ、新しい事をするならば、一発で覚えなきゃ駄目だぜ」
こんな言葉が脳裏を過りました。
もの覚えが悪いってのは、ホント疲れるんで…
疲れるって事は、集中力が欠ける。
歩留まりの悪い仕事(行い)になって、また疲れる。
悪循環なんす。
だけど、あっしはどちらかというと、もの覚えが悪いんで。
多分、だからこそそういうふうに言ってくれたんだろうね、ダンナ。
もの事を、サッサとこなす。
あっしはねぇ、ダンナ。
タダのセッカチじゃあ、駄目だと思うですヨ。
慌てるこじきは貰いが少ないって言うでしょう。
だから、なんだかせかせかしてる姿を見るのって、あっしは駄目だねぇ。
今日だってそうだったンス。
あさ、実家でお馬のサイトを覗いてたら、神様が、「吉田隼人」って囁くもんだから、春菜賞を1枠から買っちまったんで。
まだぁ今は昼休みなんで、結果は出て無いんだけど、朝一が隼人がアタマでしょう。
人気薄で結構な配当でしたゼ。
おまけに2着は兄貴の吉田豊って来てるんだから、笑うしかありませんゼ。
慌てるってのは、駄目な事なんでございますよ、オクサマ。
『勝ちみの遅い…』
あっしもその類いですネ!
じっくり構えんと、いかん。
かといって、ちんたらやっていると、後にゃなーんも残っていやしねぇ。
もの覚えが悪く、あわてんぼ。
いいトコないね、今のあっしは。
雪でも降るのなら、今晩はお馬もオシゴトも忘れて、じっくり飲むか。
雪降ったら、走り込みも出来ないからネ!!
☆ ★ ★ ☆
こだわりあるモノと一緒に暮らそう<ZUTTO>| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
きのう、
北海道に住む先輩Yさん(http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/10/post_a231.html)からメールが届きました。
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今回の3日間の連続開催は、悔いの残る結果となってしまいました。
あれこれ馬券的な話をしても仕方ないのだけど、こじんまりしてしまいましたネ。
一番の原因はやはり、「毎日王冠」。
先日、95年の京都大賞典(http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/10/post_7a18.html)のお話を致しましたが、あの日の馬券とそっくりだったネ。
あんときゃ、あっしは、
サクラチトセオー
こいつに気を取られ、肝心の一着馬、スガノオージの単勝を買いきれなかったんだっけ。
このサクラチトセオーってのが、
不思議な事に競馬場でよく会ったんだよ。
あっしゃ、馬券さえアタリャ別にいい訳だから、
『どのお馬が好き』
しかしこのお馬にゃ因縁めいたものがあるのか、大げさに言えば「本が一冊書ける」くらいいろんな事がありました。
まっ、
本を書いたところで、読む人もいないでしょうが…
話を毎日王冠に戻すと、
チトセオーのいる8枠と、スガノオージ、イナズマタカオーの6枠をくっ付けた、俗に言う、「当てに行く」馬券で、ものの見事に紙くずにしてしまった!
ご丁寧に、チトセオーの複勝まで買って、下手くその極みを演じたけど、あれから12年たった今も、たいして変わらん馬券を買ってるんだから、あまり成長していないなぁ。
よくなったとこと言えば、裏の大賞典をきちっと買ったこと位かなぁ。
チョウサンとアグネスアークの、いつもの作戦、「罰当たり単勝作戦」が取れないところ。
こりゃ、自分らしさが発揮出来なかった!
悔しさでろくに眠れなかったョ。
その反動で、普段はあまりまともな買い目ってのは公表しないんだけど、今回ばかりは「ある書き物」に、自分の買い目を載せましたネ。
連で行ける物は数頭の馬番、単勝負は一頭。
何とか書いた通りの結果が出て、12年の月日の何十分の1が帰って来た気もするけれど、あまりに長い時を埋めるには、十分と言えるモノではなかったネ。
それにしても、
あらためて考えてみると、もしかしたら昔の勝負の方がまともだったかも知れないネ。
昔も今も、下手くそにゃ変わりないんだけど、若い頃は粗削りな分、ガツガツしてた気もしますなぁ。
今はホント小さい。
「小さい」と言うのは、金額と言う意味合いだけでなく、作戦の立て方から始まって、全体の動きって事!
これはきっと、歳のせいもあるかもしれません。
たぶん、と言うより確実に、これから先に上積みってのはないだろうから、ひとつ一つ、力を出しきって行くことに傾注していくしか術はなさそうですネ。
もう、「そういう歳」になったんだョ、ミノル君。
人生って、長いようで短いネ、まったく。
それでも、コツコツやって行くしかないョ。
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昨日、
迷惑メール箱の中に、なんとなく見覚えのあるメールアドレスを発見。
もしや、と思い開けて見ると…
北海道時代の友人
と言っても、この方は北海道に住んでいた訳ではありません。
簡単に説明すると、
おっかない寮生活
↓
おっかない?先輩
↓
その先輩のお友達
↓
夏休みに遊びに来た
↓
そこで知り合う
(おっかない)先輩(http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/08/post_044b.html)の御友人ですので、あっしら雑魚は…
『ははぁーーーつっ』
まっ、こんな感じでございました。
(おっかない)先輩でございましたが、ホントあっしの正反対を行く方でございまして、
【面倒見の良い】
こんなお方でございました。
まあ、
何と申しましょうか、気合の入ったお方、見方を変えれば、少し変わったお方もおおございましたから、外は猛吹雪だというのに、アロハシャツ着て巡回するシーンなどを目の当たりした時、弱気なあっしは、えらく驚かされたものでした。
そんなお方の御友人ですから、どんな方かと想像でアタマの中をいっぱいにしておりやしたが、まず初めにあった時の印象は…
デカイ
あっしは小さい方なので、大きさにビックリ!
恐そうだなーっとおそるおそる話をしてみると、何とも温和な方でございました。
東京の学校に行ってるという事で、夏休みを利用して北海道ツアー
に来たとの事でございました。
記憶は定かじゃありませんが、
そう、もう20年以上も前のことですからね、確かバイクで遊びに来られたのではないかと思います。
あっしら貧乏な若者ですから、間違っても蟹
喰いに来たわけじゃないと思います。
しかし…
記憶の大半は、そんな事よりも。。。。
ぱちんこ屋
はあ?
こう思うのが当然でしょ。
「暇つぶしにパチンコしたのか」
なんて、ありきたりなお話じゃーございませんぜ。
だいたい、
限られた夏休みの中で、遠く1000K近く離れたところまでワザワザ暇つぶしにPやる人なぞおりませんョ。
この話は、また今度という事で。
あっしがまだお馬の世界(http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2006/03/post_bc16.html)に入る、ずーっと以前のお話でございますから。
だけどこの後、思いがけない展開になっていくのでございます。
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きのうの本業は一日絶え間なくオシゴトがあったので、珍しくすき間が無かった事を、きのうおはなし致しました。
それで、
夜になってから、あれこれ考えてみても、若干老化現象とも言うべきでしょうが、仕事の内容は思い出せるのに、
「何が問題点であったのか」
とか、
「どういう心理でこの考え方になったのか」
なんていうことは思い出せません。
ドラマの刑事役が、
「現場百回」
なんていうけど、あっしらのお仕事も同じ。
家で思い出そうとして分からなければ、現場に行くしかあるまい。
だけど、
仕事以外にも何かあったような気がするなー。
これがまた思い出せない。。。。
結局23:50に寝て、しばらくして実母に怒鳴られる夢を見たんですよ。
びっくりして飛び起きたら、0:47。
しかし41にもなって、
なぜ母ちゃんに怒鳴りつけられたのだろう、と真っ暗の寝室で考えてると…
『叱られる夢を見ると言う事は、心の何処かに疾しさがあるからだろう』
こんな結論が出てまいりました。
やましさというものは、よく考えてみると、いろいろなところで存在していますね。
子供を喜ばしてやろうと思い、嫁さんのやらん朝にギョーザを作ってやったはいいけれど、フライパンの油は綺麗に落としたか?とか、そこいらに飛び散っていないだろうか?とか…
厳密に言えば、やましさというより、自信の無さかもしれないし、
何かをしようとする際の『きっちり度』と申しましょうか、貫徹度の欠落に対する不安とでも言いましょうか。
まあ、
それを悔やんでも仕方のない事なので、とりあえず寝ましたョ。
朝は大抵3:30~4:30頃に起きますが、
今日はわざと6時過ぎまで寝ておりました。
嫁さんが遅番でしたので、朝飯の係を免除してもらいました。
普通にメシ喰って、子供等を見送り、ヨメを見送ったあと、PCの前について皆さんのBL等を拝見していると、ハルさんという方のBLで…
>あまり詳しくは書けませんが、俺の仕事は生活に密着していますので、ほとんどの方と接点があったりするのです。
こんなくだりがありました。
あっしのオシゴトは『あまり詳しく書けませんが』生活に全然密着していませんので、殆どの方と接点がありません。
なるほど、
いろいろあるなあ、と思っていると…
「ああ、そうだよ」
思い出せなかった事を思い出す事が出来ました。
昨日は、各帳票と睨めっこしながら、中間報告書を作成している時に、ある営業のエリア長がひょっこりやって参りました。
このお方は、社歴も、当然役職も、あっしより数段上の方ですが、気さくにお話をしてくれます。
二人で忙しいにもかかわらず、「あーだ、こーだ」と話してると、このエリア長から、
「ミノル君、今日できない事は、明日も出来ないんだよ」
こういうことを言ってました。
この言葉に近い事は、世間でもよく言われてます。
不貫徹度が気になると言う事は、
今日きちっと頑張らなかった(かもしれない)からと言う念かくるという事でだけど、それより何より、
「また同じことの繰り返し」
これが想像出来る訳ですよ。
やれば出来る
と思います。
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いきなりですが、
何だって中国のネットカフェで亡くなった人がいると言います。
なんでも3日間連続でゲームをやってたということらしいですね。
何も「命」賭けるこたー、ないのにね、なんて気安く思ってしまいますけど…
あっしはこの手のゲームってやった事もないし、ムスメのDSすら無い!
しかし若いときは、ずーっと麻雀打ち続けた事があったっけ。
ありゃ確か、春休みの事でありました。
前に紹介した、「子供の幽霊に叱り飛ばした人」
↓
http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/08/post_d68e.html
が、昼過ぎにやって来て、
「ちょっと打たせてくれないか」
と、あっしの部屋を訪ねて参りました。
あっしはすぐにメンバーを集めました。
「こりゃ長丁場になるぞ」
こう思ったあっしは、最低「ニヌケ※」は必要かと思い、そこらにウロチョロしている者どもを掻き集めました。
それでも、終わることなく夜に突入!
あっしは眠くなって参りましたが、先輩は数日後東京へ帰るという事なので、力の限り打ち続けました。
また何時の間にか朝になりました。
そう、
ルールはニヌケでなく、あっしと先輩が打ち続け、残りの2人が代わるがわる交代で打つスタイルをとりました。
途中、トイレ等は余ってる人間が代打ちし、とにかく愚直(?)に打ち続けました。
結局終わったのは、また次の日の明るくなってからでした。
終わったところで成績を精算し、結果は先輩とあっしが打ち続けた甲斐もあってプラスでした。
先輩だからといって弱く打ったのでは?と言うかもしれませんが、少なくとも丸二日以上打ち続けていると、マージャンをやった事のある方なら分かると思いますが、何度もピンチが訪れます。
だから全半荘勝ち続けるなんて事は当然あり得ません。
大きく箱割れした回も何回かありましたよ。
先輩とあっし以外は途中寝てたり、休憩したりしてました。
コレが当然でしょう。
もちろん、
この先輩が「終わり」と言わなければ、終らないのですが、
「早く『終わり』と言ってくれ」
このようには一度も思いませんでした。
ただ無心に打つ。
今思えば、なぜこのような事が出来たのでしょう。
あっしは直感で思いました。
この勝負が終ったら、この人と会う事は何時になるか、いやもしかしたらもう会わないかもしれない、と。
試合が終って、お茶を一杯飲んだら先輩は、ひと休みする事も無く、おうちに帰って行きました。
玄関まで先輩を送っていくと、靴を履きながらあっしに先輩が言いました。
「ミノル、人生賭けだよな」
あっしが「はい」というと、黙ってあっしの住みかを出ていかれました。
それ以来、会う事はおろか、連絡すら取ることもなかったのです。
※ ニヌケ=「2着抜け」の事。4人で行う麻雀の場合に、面子5人で行い、2着になった人が抜けて、余ってる者が入る仕組み。
★
それから10数年、
ある先輩のお葬式で、このお方と再会いたしました。
↓
http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/08/post_044b.html
先輩は、お仕事があったせいか、夕方になっての会場入りでした。
あっしは会社を抜け、明るいうちに到着してました。
会ったやいなや…
「てめえ、何処ホッツキ歩いてたんだよ」
いきなり大怒られした再会でございました。
このお話は、また時間があったらお話するとして、
丸2日以上マージャンを打ち、再会するやいなやの叱責。
あっしは、顔が熱くなりましたね。
身内や、女房・子供ならいざ知らず、
他人様がココまで思ってくれる事など、ごく稀。
随分心配かけた事を後悔致しました。
ネットカフェで3日もゲームをやった理由は、あっしにはわかりませんが、
先輩がいきなり登場し打ち続けたのには、最後に何かを伝えようとされての事だとお葬式の帰りの電車の中で気付きました。
あっしが火葬場での待機時間で、先輩にマージャンの話をしたら、
「オマエとは打った記憶があるけど、そんな事は忘れた」
と言ってました。
その会場で他の先輩から聞いたのですが、当時
からかなりあっしの事を心配されてた事を聞き、胸が熱くなりました。
ああ、
何時になってもあっしは小さいね。
ゲーム中に亡くなった方には失礼かと存じますが、
ネットの記事を見て、懐かしくもこそばゆい、ひとむかし前を思い出しました。
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昨日は9・11。
あの大惨事が起きた日でございます。
大惨事が起きてしばらくした後、9・11に中央競馬が開催された年がございました。
2005年の事でございます。
先ほど14時過ぎに、首相辞意表明がありましたが、
その日はちなみに衆議院議員選挙も行われた日でございました。
あっしは水曜日に不在者投票を済ませ、
珍しくこの日は中山競馬に職場の若手、A斉とY子と共に参戦しておりましたよ。
10R 白井特別 2-4
11R 京成杯AH 2-4
12R 500万下 2-4
枠の目2-4が、3回立て続けに出た日でございました。
A斉が11R 2枠2番 マイネルモルゲンの単を1枚ブッコ抜き、
12Rでこの日競馬デビューだったY子が、
単勝 8 1,470円
複勝 8 420円
このような馬券を小額ながら抜き取り、笑って帰れる形となりました。
3人で行って、3人とも勝つ
みな同じ目を同じように買うならいざ知らず、ありそうで無いお話です。
自分自身の下司なお話で恐縮ですが、あっしのような下手くそでも、一年に一度くらいは、「何とかなる」日がございます。
この日がこれに該当致しました!
だから、
職場の若手を誘ったのです。
そもそも、
始めからヤツらを誘う気などありませんでしたが、Y子の…
「競馬場に連れて行ってください」
この一言があっしの気持ちを動かしました。
『そんなのは自分の彼氏に連れてってもらえよ』
などと、野暮なこたー言いませんぜ。
「ああ、いいとこだよ。しかし日を選ばんとな」
といった意味で、日取りは強引にあっしが選びました。
★
あっしはオンナに滅法弱いので、家族を何とか説得し、部下兼運転手のA斉を呼びつけてY子の家付近へ車を廻しました。
このことは、以前別のサイトでも紹介した事がありましたが、あっしにとってホント思い出深いものとなったのでございます。
あっしらは夜も明けぬ前から車に乗り込み中山を目指しました。
今は競馬場も空いているので、そんなにコッ早くから行く必要もありませんが、若者ふたりと早々と中山に到着致しました。
やはり人は疎らで、がらんとした大競馬場が我々を出迎えてくれました。
あっしらは迷わずゴンドラ席の列に並びました。
しばらくすると(30分いや1時間位か)、緑のおにいさん達が整理券を配りにやってまいりました。
一昔前なら、整理券配布から、随分経ってから開門のスタイルでしたが、配られて間もなく中へ入り、あっしだけ酒を飲み、若者は朝飯を喰ってましね。
これはA斉が運転手であることと、若い女がさすがに朝っぱらから呑めんということでしょうか。
あっしは車の中で、冷酒を一本開けてましたからね。
お馬の新聞を見るわけでもなく、
集合時間が近づいても、あっしらは全く立とうとはしませんでした。
二人は周りの動向や慣れない場所で落ち着きがありませんでしたが、若者たちは訳も分からず、あっしの言うがままにしておりました。
「(列の)前後の顔を覚えておけば、ギリギリでも大丈夫だよ」
と、教えてあげました。
ゴンドラ席は贅沢でしたが、『お馬に関係のない人種』もおりましたので、「【こういうところ】もある」といった意味も踏まえ入りました。
「こういうとこはまだ100年早いね。それに滅多に来るとこじゃないよ」
なんて、偉そうに解説してましたが、確かにその通りとも言える!
席でビールを飲んだり、寝たりしてましたね、アッシは。
「9レース位になったら起こしてくれ」
こんな感じでおりました。
実際寝ていた時間は少々で、若者と談笑したり、薄めでヤツらの動向を見たりしてましたョ。
10Rでは、
突然の雷雨で土砂降りの中、お馬さんは走っていました。
2人は休み、あっしだけ投票。
何とか…
メインレースはA斉のみの投票。当り。
最終レース、A斉は最終決断で、儲けを減らしたくないという事で休み。Y子とあっしが投票しました。
結果後半3本勝負で、それぞれの馬券スタイルが功を奏しました!
あたりはずれの話はどうでもいいとして、
あっしらの前(駐車場も近かった)の山梨ナンバーの車の二人は、大荒れの最終はモノに出来なかったようでありました。
相手の馬券など、見なくても分かりますよね…
その時の2人組の発言は…
「なんであんなのが来るんだよ」
と、こちらを睨み付けながら言ってました。
こちらはY子がアポロベルーガ(1着馬)に単複と、なぜかの3着馬、グランクリュの複を持ってたので大喜びの最中でしたから!
喜びがひと段落着いた後、あっしはY子に耳元で言いました。
「当たった時は知らん振りしてろ、特に大物の時はネ」
当たり馬券という物は、ヒトサマが外れてこそ成立するものでございます。
特に大物の時は殆どの人々が外れています。
そんな時、ゴンドラ席のテラスで馬鹿騒ぎしたら、どんなに白けたものでしょう!
当たった本人は別でもね。
馬券投票は、『自己責任』ですから、
当たり馬券を引くのも、ハズレ馬券を買うのも、その人の勝手。
人のことなどどうでもいい事なのですが、
ハズレ馬券を引いた人は、もうそれだけで打ちのめされているのだから、会場でそれ以上打ち砕く必要はないのです。
当たっても、「大物だなー」なんて言ってりゃいい訳なんです。
11Rで5万以上の利益を出した、もう1人のA斉は、
「ミノルさんがもう一押ししてくれたなら、最終買ったのに…」
A斉はアポロベルーガから、2着馬のカウンタック、3着馬のグランクリュまで買おうとしていたのは、レース前にヤツが語っていたので明白でした。
結果を見て、かなり残念がっていましたけど、あっしはレース前に…
「迷うなら、やめとけや」
といっときました。
結局、先ほども申し上げたとおり、自己責任ですから、どう結果に結びつけるかが大事。
馬券の買い方をロクに知らないY子は、
1番有力な馬は単複。
次に危ないと思われるお馬は複のみ。
これで最後の最後、無駄なく回収したのでございました。
ナンボ、オカルトな買い方のあっしでも、こういった買い方など、初心者に教えるわけがありませんね。
Y子もA斉も、
知恵を働かせ、予想通りに巧く攻めれば、4万円の3連複、34万の3連単も当たったのかも知れません。
くどいようですが、どう引くかが一番大切なのです。
★
大物馬券が出たときの払戻所は、がらんとしております。
人気どころの決まり目なら、確定前から機械の前に並んでいるくらいなのに…
「こういうときはギリギリまで払戻所にゃいかんほうがいい」
世の中はホント広い!
馬連が2万以上だというのに、並んでいる人がチラホラ見えました。
あっしらはゴンドラの部屋でしばらく休み、下の一般席の払戻所でお金を受け取りました。
あんなに居た人々が、
窓口付近には誰もいません。
床に落ちた新聞がやたら目に付きます。
遅く馬場を出れば、それだけ駐車場を出るのも遅くなります。
「儲けさせてもらったんだから、我慢しろよ」
土砂降りだった雨も小雨になってましたが、雨にぬれながら駐車場まで、トボトボと元気なさそうに歩いて行きました。
この日以来、
あっしは競馬場というものに行ってません。
何故か?
いろんな理由があります。
それはまたの機会にお話するとして、
あっしはこの日にも再認識いたしましたが、
「当たって泣いて、外れて笑う」
いや、
「当たってソコソコ笑い、外れても笑う」
これが理想でしょうが、
こういうことが出来ないので、あっしは当たった時は笑わないようにしています。
もちろん「外れて笑う」ということも難しい!
・
・
・
あっしがお馬の会場へ行かなくなった原因のひとつになってる事は確かなのです。
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あっしはそう、
なぜ早い時間の宇都宮線に乗って出かけたかというと、別に小山駅の疑問( → http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/09/post_89c8.html )を探索したくてではなくて、どうしても行ってみたい所があったからなんです。
そこは…
【思川駅】
「おもいがわ」って響き、何か心に残るんだよねー。
子供の頃は、訳もなく地図を眺めたり、時刻表を読んだりしてました。
病弱のせいもあってか、外で運動したりってのは苦手で、おうちでボサっとしてる方が多かったのでネ。
それでもある日から、おもてで遊ぶようになり、人並みに運動なんかもするようになったのだけど、いろんな地名なんかを見て、「あそこに行ってみたい」なんて考え、実際出かけるようになってましたョ。
「思う川」…思川って何かあっしの心を揺さぶる名前なんだよね。
おうちで地図など眺めていると、
『この町には、どんなものがあるのだろう』
なんて空想で、一日が終わる。
そんな物思いが、「思川」という駅名と、不思議にリンクしたのかもネ
★
栃木県は歩いて行ける距離じゃないのだけれど、あっしの住んでた(今も)神奈川からはそう遠くはない。
だから今まで、北海道や東北といった『遠距離』にばかり目が行って、後回しになってたんだよね。
デカくなってからは、Pやお馬が優先されてたのかもしれないですね。
やっと出かける時間が見つけられたので、行って見ることにしたんだね、これが。
小山駅の不思議(大袈裟??)を解決し、朝のラッシュでしょうか、お客さんがソコソコ待つ8番線に107系(写真は東北線ホームの黒磯行)の電車が到着する。
そして7:56、小山駅を出る普通列車(しかない)に乗って、お隣の駅が目的地の思川です。
わずか5分ばかりで着いてしまうのだけど、電車の中は高校生でいっぱいで賑やかな感じ。
男子生徒が、パチンコの話に花を咲かせている中、あっしは子供のように先頭車両で、運転席を眺めてました。
単線をローカル列車が走る。
そして、大きな鉄橋を渡る。
この鉄橋は、最近架け替えられたのだろうか。線路の引っぺがされた鉄橋跡が、平行して並んでる。
ドア付近にいた女子高生達でしょうか、
「線路をとったら、タダの道路だね」
なんていう会話が聞こえてきましたョ。
この下に流れている川が「思川」なのだろうか?
あっという間に目的地へ到着。
近くに高校があるのか、大勢の生徒が降り、駅員のいない改札口を出て行きました。
しばしホームをキョロキョロする。
田園風景と工場。それと疎らな住宅が見える。
反対側の乗り場には、単線の行き違いで、元来た小山へ行く115系(写真は小山で折り返しの高崎行)が停まっている。
オレンジと緑の馬体、いやいや「車体」が、妙に懐かしさを感じます。
昔は115系なんて上野口じゃ当たり前の車輌。
クルマで言えば大衆車といったところでしょうか。
だけど何時の間にか、銀色の車体の連中に追われ、姿を見れる地区が限られてきた。
今じゃ115系のような、「窓の開く電車」って少ないんだよね。
「この列車が折り返して来るまでの約30分、あたりを散策?してみるべ」
と、あっしは高校生の行列の最後方から、まだまだ何馬身も置かれた格好になった隊列で、早足でグングンその差を詰めていきました。
(つづく…)
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とうとうあっしの生まれ月、8月が終了してしまいました。
本業のメルマガじゃないけれど、
今日は何の日?
きのう、8月31日は「やさいの日」
や(8)さ(3)い(1)って事でしょうか。
あっしは野菜が大嫌い!
「野菜にはビタミン豊富で体にいいのよ」
なんて言われたって、
「肉からビタミンを吸収できる体なんだよ。エスキモーを見ろ」
なんて言ってた。。。。
実の母も、アッシの体を心配してか、
「アンタのヨメサンになる人は大変ね」
なんて言いながら、なだめすかしていたけれど、こうも言ってた。
「作ってもらう身分なんだから、文句は言えないと思うけどネ」
あっしは、子供の頃…
『オレは結婚できるのだろうか』
マジに悩んでいた事もありやした。
それでも前に申し上げたとおり、
あのこわーい寮で、野菜漬けの毎日で、少しは抵抗もなくなったけれど、その月日もそんなに長くはなかったんだよね。
2年目(2年生)の頃までは、一生懸命に野菜を喰っていたんだけど、ある日からパッタリと喰わなくなってしまいました。
基本的に規則が厳しい所でしたので、
「ご飯を残しちゃなんね」
という、きつーいお達しがあったのですが、
年を重ねると、お相撲さんの世界のように、待遇も良くなります。
2年目までは、コミュニケーションの一環でしょうか、皆さんとメシを喰いに行きます。
3年目ともなると、習わし(?)で自分の部屋で喰ってもよくなり、後輩の方々がご飯をお部屋まで運んで来てくれました。
いわゆる「ルームサービス」で御座います。
あっしは寄合等の用事がない限り、酒でも飲みながらメシを喰ってたもので御座います。
『あっしの嫌いなモノは出ない』
はじめのうちは、不思議だなあと思いましたが、
ある日、そこいらをウロウロしている者どもにそれとなく尋ねてみると、
「ミノルさんには、これとこれしか出しちゃなんね」
と、アッシの部屋の後輩は、別の後輩に教育されていたのでありました。
あっしも小僧の頃は、どの人がどんなものを好むか、
コーヒーはどの濃さが好みか、などなど懸命に覚えたものでありました。
アッシが嫌いなモノは自分たちで食べ、検閲していたのでありますが、そうすると米しか残らない日も多々あったはず。
あっしも、お世話をしてくれる後輩に生活費を渡していましたので、そこから工面して不足分の献立を考えたり、調理したりしていたようです。
★
『肉の日生まれ』
8月29日は、焼肉の日!
野菜の日より、二日ばかり早く生まれて来たせいでしょうな。
そんでもって本業が肉屋。
現在は肉を弄くるのでなく、探索活動が主たる仕事でありますど。。。。
誕生日ってのは、いろんな運命を背負うもの(オカルトっぽい)!!
しかしホント不思議な事も有りますョ。
その代表が『占い』。
もっともあっしのカミサンなど、ぜんぜん信じませんがね。
でも、結構星占いとか、動物占いとか見るでしょう。
あとはそう、
アッシの実父と実母は誕生日が同じなんですよ。
小学校3年のときに、家族の生年月日を調べて来いというのがあって、あっしは忘れもしませんぜ。
父・母の欄に同じ日を書いたらば…
「ミノル君、面倒だからって同じ日書いたね」
と、センセイに怒られましたよ。
その頃からあまり信用はありませんでしたけれど…
ホントに同じ日なんだよ・・・と言っても結局信じて貰えませんでしたョ。
ちなみにアッシのヨメサンは9月9日。
義妹は12月12日、二人とも「ゾロ目」。
あっしが枠連のゾロを買いたくなってしまうのは、こういうことなのかもしれませんネ。
兎にも角にも、
誕生日ってのは、不思議な流れを持っている気がするネ。
もっとも、
こういうことを言っても、だーれも信じちゃくれませんがね。
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子供等は今日で夏休みが終了と嘆いています。
あっしはもう、夢の国から帰ってヘトヘトだというのに…
もっとも、
あっしらが子供の頃の夏休みというと、家族旅行なんていうのは、滅多にある事ではなく、親戚の家(山梨の本家)にアソビに行く位でありました。
小学校1年の時は、
3年のアニキに連れられて、叱られながら行ったものでございます。
ちょうど、
ウチのムスメが小3と小1。
最近じゃ物騒なので、時代は変わったというものの、
あっしらは同じ歳に、親の手も借りず(金は出してもらってた)に出かけて行ったものでございました。
途中あっしは、新横浜で新幹線が見れたら非常に嬉しかったものでしたョ。
新幹線を見て喜んでるなんて、かわいい時代もありました、あっしらにもネ。
そう、
あっしが子供の頃(昭和40年代)の東海道新幹線の駅と言えば、
東京
新横浜
小田原
熱海
三島
静岡
浜松
豊橋
名古屋
岐阜羽島
米原
京都
新大阪
それが30年以上経った今は、
新富士
掛川
三河安城
こいつ等が仲間入りしておりました。
あっしは故郷が横浜ですので、最寄り駅は「新横浜」。
横浜アリーナや日産スダジアムですか、いろんなモノが揃っております。
しかしあっしの子供の頃は、ここいらはなーんもなく、ただ新幹線の駅があるだけ、という感じ。
在来線は前段に紹介したように、
横浜と山梨・長野方面に向かう中央線とを結ぶ横浜線ですが、
お隣の「小机」から八王子方面は単線で、チョコレート色の電車が行き来するローカル色豊かな路線で御座いました。
市営地下鉄なども開通したのは、ずっと後のことで、当時を思い出してみると、今の発展が嘘のような田園風景でしたネ。
新幹線も「こだま」のみの停車。
ひかり号で遠くへ行く際は東京まで行って、戻るスタイルでありましたョ。
こう考えると、わずか30年で随分と変わったもので御座います。
☆
あっしも放浪やオシゴトでいろいろなところへ行きますが、
東海道新幹線で降り立ったことのない駅は?と考えてみると…
三島と新しく加わった3駅。
あっ、新しく加わった駅で『しながわ』を忘れてたけど、あっしの故郷の赤い電車がこの駅には何べんも運んでくれましたョ。
何時の間にかこの4つの駅に絞られていました。
今回、この中の『三河安城駅』に行ったので紹介致します。
ここはこだま号だけしか停まらないようです。
在来線は、東海道線が接続しておりますが、普通電車しか停車しないよう
な雰囲気。
(下り快速ムーンライトながらは停車するようである)
地域の人々はあまり利用しないのでしょうか?
もうひとつ行ってみて初めて気づいたのですが、在来線と新幹線ホームが離れているという事。
あっしはてっきり新横浜のように、駅が交差しているものだとばかり思ってましたけど、すこし離れたところにまるで府中本町駅と東京競馬場を繫いだ様な連絡通路があるとはネ。 
別に大した事じゃないけれど、行ってキョロキョロしてみると、案外知らなかった事があるもので御座います。
時間もなかったので、これ以上は特に発見する事もありませんでしたけど、
名古屋に近いし、なーんか地味なイメージの駅でしたネ。
機会があったら、『掛川』や『三島』にも行ってみたいです。
しかし、新富士は恐らく在来線の接続もないので行く事はないだろうね。
新幹線に乗るのもいいけど、
探索活動で乗るのは、ホントはそんなに楽しくないんだけどネ。
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あっしはお馬が好きなので、関連記事を読んでます。
それ以外にもソコソコ読んでますが、変り種としては…
『本業のメルマガ』
ちっぽけな会社に所属しておりますので、誰が、そしてどういうコンセプトで書いてるか「承知の輔」ですが、面白半分に読んでます。
我が本業を批判しても仕方ありませんが、冒頭に必ず、
「きょうは何の日」
このスタイルです。
ただし必ずしも「今日」とは限りません。
このスタイルをきっちり守っている『こだわり』、いいですなー。
決して、
「このパターンしかないのかよ」
なんて言っちゃいけませんぜ。
社内のみんなが「これでいい」と満足しているわけですからね。
だけど…
お客さんはどう思ってるんでしょうか?
顧客満足=自己満足
そう、
アッシの本業は『肉(肉製品)を売る』ところなので、
その商品とマッチングした『日』だといいのですがね。
豚の日とか「牛丼の日」とかネ。
メルマガによると、先日8/25(土)は、「ラーメン記念日」。
そこで掴んでおいて、
ラーメン→ラーメンの具→焼豚
焼豚のご紹介、というわけです。
手前味噌ですが、
この焼豚がなかなか旨いんですよ。
余計な事をいうと、某有名(テレビとか)ラーメン店にも納めているようで…(自家製とは限りません)
もちろん主原料となる『お肉』でしょうが、
大量生産するにあたり、お手ごろの価格に仕上げるには、贅沢な原料は使えませんね。
安定供給されて、リーズナブルなお値段。
ある程度産地も決まってくる訳でございます。
それ以外にもっとも決め手となるものは。。。。
『香辛料』
あっしは開発部門は経験した事がありませんが、
恐らくココが大きな分かれ道、ターニングポイントでしょうね。
オクサマ、
何を作るにしても、塩やこしょうの加減で変わっちゃうでしょ。
特にケーキなんかの砂糖の分量なんて迂闊に弄くると、
味は愚か、全く別物になっちゃうでしょ。
まあ、そんな薀蓄はどうでもいいとして、
あっしもまたラーメンが好き。
普段昼食はお弁当(夕べの残り)ですが、探索活動で外へ出たときは良く食べます。
先日の探索活動の際は、こんなヤツを頂きました。
それと、
朝食ですね。
あっしは朝飯の係なので、子供のメニューとは別に、自分用としてラーメンを煮ます。
子供らには希望がない限り出してあげません。
もっとも、希望は滅多にありませんけど…
麺は即席ラーメンと呼ばれているものでございます。
朝っぱらからラーメンと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
何時だろうが好きなものは好き。
朝・昼・晩のメシの中で、朝飯が一番旨く食えるので、そこへ自分の好きな食べ物を持って来るってのが一番!
仕事や用事がなければ、朝に酒ってのもいいですよ。
それと心に残る一杯は、故郷よこはまの「サンマーメン」。
あっしはお野菜が嫌いなので、子供の頃は「サンマーメン」でなく、チャーシューメンとかワンタンメンが食いたかったのに、
「やさいも食べなきゃダメ」
こういった理由でいつも商店街横のラーメン屋でサンマーメンを食わされていましたよ。
普通のラーメンでよかったのに…
当時はみんな忙しくて、昼飯時にボケボケしてると、大概その店のラーメンを取るか、喰いに行くかって事がありましたね。
でかくなってから、サンマーメンを食べたいと思っても、北海道や埼玉にはありませんでした。
![]()
『朝からラーメン』というと、家族のみんなは変人扱いして、誰も相手にゃしてくれませんが、
メシを旨く喰うってのは、贅沢な話なんですよネ。
食い物がない、
喰いたくても喰えない。
こう言う状況から比べると、ほんとに有難いおはなし。
喰えるものを、より旨く喰う。
人が変人扱いしようとも、
わが道を貫くしかありませんな、頑固親父としてはネ。
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これはあっしが子供の頃のお話ですから、もう30年以上も前のことでございます。
あっしが住んでいた町というのは、横浜の中心部より少し離れたところにありまして、
WINS横浜の最寄り駅、京急日の出町駅から4つ目のところ、『弘明寺(ぐみょうじ)』という町で御座います。
はじめは、どういう経緯かは知りませんが、祖母が手に入れた長屋に住んでいて、他の間取りは貸し出しておったようです。
廻りにも似たようなおうちがあって、いわゆる「下町暮らし」でありました。
なんでも明治末期に立てられたというシロモノでございましたから、今思えばセキュリティーもへったくりもあったものじゃございませんでした。
それでもとうとう取り壊す事になり、あっしらは観音様(弘明寺)に近いところへ引っ越しました。
その後『長屋』は、アパートになりました。
長屋暮らしから、一軒家に移ったので、当時は広々と感じたものです。
そりゃそうと、
あっしらの住んでいた町の人々がいう『横浜』というのは、港の方の事を指します。
厳密にいうと、港は『港』と呼んでいたようで、横浜と言った場合は、関内付近のことであります。
関内は『関内』と呼べばいいじゃーねえかと思う事もありましたが、年寄り達は結構細かくて、その付近の伊勢佐木町や桜木町は含めずに、本町付近を指していたようです。
横浜駅のある付近(西区)が駅名にもなってるので横浜のイメージもありますが、死んだバーサンに言わせると、
「あそこは横浜じゃなくて『駅』」
こう言ってました。
だから、「今日は横浜に用事がある」と言った時は、本町の方へ行く、と言う事になります。
年寄りの言う事など、あまり興味はありませんでしたが、今思うと面白い事が多いですね。
単なる地名だけで表現するわけじゃないのです。
あっしが今住む湘南地区でも、なんとなく駅付近が栄えているので、「辻堂」「藤沢」「茅ヶ崎」という、駅の名で表現をしてしまいますが、地の人に言わせるとやはり細かい。
だいぶ忘れましたが、
中華街は「南京町」、
地下鉄吉野町駅付近は「お三の宮」、
我々が住んでいた弘明寺は「終点」と呼んでいましたよ。
なぜ『終点』と呼んでいたかというと、市電の終点だったからだそうです。
そうそう、
京浜急行は「湘南電車」とも言ってましたな。
19日の日曜日、バーサンの呼んでた「横浜」へ行ってきました。
あまり変わり映えもない気がしましたが、いつのまにやら東急東横線の線路が引っぺがされていましたなー。
ここは何回も通っていましたが、あまり気づきもしませんでしたよ。
それと、馬インフルエンザのせいか、桜木町も何気と空いていた感じでした。
それにしても、
横浜生まれってのは便利でございまして、全国何処へ行っても『横浜』を知らない人はまずいないから、
話が早くて済みます。
だけどウチのバーサンに言わせりゃ、「よこはまの何処」ってのが大事であって、
山下町と下飯田町じゃ、特色もまったく違いますからね。
「江戸っ子だってね」
「おう、『奥多摩』生まれよ」
こう考えてみると、「南区」とか「西区」、「戸塚区」なんて区名で呼ぶなんてのは野暮ったらしくて、
「平沼橋」「紅葉坂」とか「柏尾」なんて言ったほうが、地の者らしい感じがする。
それで分からなきゃ、「余所者」って感じでね。
たまにゃバーサンの墓参り行っても、罰あたらんだろうね。
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今日から甲子園ですか。
あっしは高校野球が嫌い!
こんなことを書くと、
世間様から迫害されるかもしれません。
「あの若さ、わからないかねえ」
間違いなく、皆様方から『遠い目』をされるでしょうナ。
えっ、何で高校野球が嫌いなのかって?
なんでだろう。
少なくとも、自分が高校に入るまでは好きだったような記憶がありますな。
しかし、
自分が高校生になると、なんか興ざめてしまったんですよ。
同じクラスの○○がピッチャーってのが、
あっしにとっちゃ、ひとつも面白くない訳で…
キャッチャーが趣味はギターで、という身近に分かる事が理解できんかった!
要するに、
「テレビの中」の人たちが、身近になる事で面白みがなくなったという事でしょうか。
あとは、
なぜか野球ってのは「騒がれる」んだよね。
当時はJリーグもない時代でしたから、
スポーツ=野球
こんな感じ。
バレー、バスケ、その他のスポーツだってインターハイとかあるのに、甲子園ばかりが騒がれやがって、と思ってたんでしょうな。
よーく考えて見ると、
野球もバレーもあっしの高校は、大概のスポーツにおいて一回戦負けでしたがね。
お馬で言えば、2-8、4-8と買って、結果は1-5、みたいなもの。
野球が、何々が、なんて議論に値しないのですがね。
しかし、
野球が嫌いな訳じゃありません。
『ベイスターズがすき』
こりゃ忘れもしませんぜ。
横浜スタジアムにベイスターズ(当時はホエールズ)が来た日のことをネ。
とにかく…
弱い
ホントにホント、弱かった!
それでも、
別にいいの。
2アウト満塁、バッター田代!!
『三振』
それでも、野球が見れりゃそれで良かった!
高校野球と横浜ベイスターズのあっしのこの思いを、実弟に話した事がありました。
「兄ちゃんの話はつまり、同じネコの仲間の『ライオン』『トラ』のどっちが好きという幼児がよくする議論と同じ。ホントに野球が好きならどっちも好きだと思うけど」
このような誠に冷静な意見で御座いました。
そうよ、
そんなに野球が好きなわけじゃないのかもしれないね。
まあいいや。
がんばれ若者よ。
そして、
がんばれ、中年!!!
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先日(8/1)、あっしの北海道時分にお世話になった大先輩、Y中さんからメールを頂戴致しました。
>ミノルへ
>大変ご無沙汰しております。
>お元気でしょうか?
>お子さんも大きくなられたでしょう・・・・。
>そっちは暑いですか?梅雨が明けたとか?
ははぁーと言う感じで御座います。
先輩と言うものは、あっしら雑魚にとって、何よりも大切にしなければいけない存在なのでございます。
なにがそんなに偉い先輩なんだって?
![]()
これは前にも紹介した事があるかもしれませんが、あの幽霊などがよく出る、寮の先輩なのです。
↓
http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/02/post_13cf.html
ここは非常に『上下』の厳しいトコでありまして、
幽霊も確かに怖いのですが、先輩方はそれを遥かに超えたモノでありますので、お化けなど可愛いものになってしまうのです。
![]()
ともかく、
その大先輩からメールを頂戴したという事は、大変に有難いものなのであります。
まあ、さしづめ昔であれば、
下
こういう形で送られてきたと思っても差し支えありません。
そりゃそうと、
>我々の絆はすごいですね。
このようなくだりがありました。
確かにこの厳しい環境の中で出来る「絆」というものは、他の集団ではなかなか出来ない素晴らしいものがあります。
だいぶ時間がたったお話でありますが、
ある先輩が不幸にも亡くなられた事がありました。
あっしは直系の先輩でしたので、大至急駆けつけたのは当たり前なのですが、10数年も経っているというのに、日本全国から数多くの先輩方がお見えになっておりました。
もちろん世話になった後輩連中は言うまでもありません。
あっしは率直に思いました。
「あっしの葬式にこんな大勢の方々が来てくれるのだろうか」
これは縦社会の絆もさることながら、それだけ多くの方々に慕われた方だからこその事である、と痛感した次第でありました。
黒い服着た中年が何十人も集まっているのは確かに異様な雰囲気で御座いましたが、親族の方から、
「寮の人ってのは凄いネ」
と、お話がありました。
あっしも、頑張ってお茶汲みやら何やらやったつもりでしたが、
普段「少しばかり偉くなった」せいか、動きは良くなく、これでは亡くなった先輩に申し訳ないという感が強く、反省させられたのを記憶しております。
本業なんかでは、平気で直属の上司に売られる事など茶飯事で、はっきりいって絆もへったくりもありゃしません。
そんな中で、まだまだこのような絆があるというのは、世の中捨てたもんじゃない、ということでしょうか。
ちょこまかお馬などに興じているのもいいのですが、
もう少し、人間関係を大切にしていかなければならん、と思ったのでありました。
機会があれば、
Y中さんとの関わりもご紹介していきたいと思います。
☆ミ
帰省!沖縄!スキー!年末年始の格安旅行⇒[旅ポケ.com]
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会社の中を何気となく歩いていると、お馬好きのOサンの姿あり。
『エリモハリアーにやられたよ』
通りすがりの挨拶がコレ!
もう少し、まともな会話というものはないのかね、まったく。
しかしながら、
このあっしもホント下手くそ打って、この悔しさを何処へぶつけりゃいいのかと、思う次第で御座います。
常日頃思うことは…
こういうことで御座います。
こりゃなにもお馬に限った事ではありません。
いまから20年も前ですが、
毎日のようにパチやってた事がありました。
あっしの師匠の渡辺浩というオトコは、あっしら雑魚にこっぴどく言ってくれていたもので御座いました。
「あさ自分の台を確保したならば、次の日打つ台を考えろ」
今思えば、こんな有難いお言葉を頂戴しておきながら、今の体たらくは何事?って感じでございます。
今の美酒に酔いしれる暇があるなら、先の事を考えろ、というわけであります。
あっしの師匠は、
「明日はこの台で、次の日はコレ」
こういうふうに考えている人でございました。
☆ミ
お馬は確かに『馬』が走ってるのだけど、
なにゆえ前哨戦ビリのパカパカちゃんが1着になる道理があるのでしょう。
これはホントに「たまたま」なのでしょうか?
お馬を長くやっていて、
はるか昔からわかっている事のなかに、
「来ると思うときに来ないで、来そうもない時にぶっこんで来る」
この繰り返しでございます。
役者が揃ったと思わされて、『一網打尽』。
有馬記念でディープ1着は分かりきっていても、ヒモはJCと全く別なお話であったり、
その前の年は、ディープかなアタマは、と思わされて、実はハーツC!
確かに来ると思うときに来た事もございますが、そういうときに限って…
『ど人気』
たいした儲けにはなりません。
儲けというものは、外れたときの支出を支えられる事ができる金額かと思います。
ディープIの単買うのは自由だけど、
2着になっても【トータルで】負けない方法を取らなければ、勝ちはなし。
まあ、もっとも一回こっきりの勝負って言うなら別な話ですがね。
だからあっしは、
今日勝ったとか、あのレースを取った、などというお話にゃ、興味はありません。
微笑ましいお話ですがね、当った・取ったってな話はね。
だけど、あっという間になくなっちゃうんだよね。
人の話はいいとして自分の場合は、ガタガタ言う気にはなれないなー。
万一「大物」が上がっても、
布団被って、ひとりで笑うしかないね。
そんな朝がくるといいね。 エルガーでも聞きながら…
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月日が経つのは本当に早いものでございます。
福島開催は終わり、今度は新潟ですか。
あっしがふざけて取ってるメルマガの著者は、
福島等のローカル競馬は、くだらなくて買えんと書いてありました。
しかしどうでしょう。
お馬自体が『下らん』とかどうだとか言うほど、そんなに実のあるものとはアッシは思いませんがね。
中山・東京が素晴らしくて、
ローカル競馬は下らない。
こんな身勝手な意見があっていいものなのでしょうか。
お馬屋さんは、
冬の寒い日も、夏のクソ暑い日も、一生懸命お馬を育ててくれています。
ローカル競馬が何か我々投票者にとって不利な条件などありますかいな。
ただ場所が違うだけ。
こういうこととあっしは思うのでございます。
旅行口コミ情報【JTBスタッフ偏】新潟と言えば、
こりゃ恐らく一生忘れる事の出来ないお話があります。
ある暑い日に、
あっしは大宮駅から新幹線に乗り、新潟へと向かいました。
新幹線の中では、
新聞を読んだり、ビールを飲んだりと、気の向くままで、過ごしておりましたよ。
さて終点新潟と言うところで、あっしはデッキへ向かうため、席を立った瞬間、後ろの座席に何気となく目をやると、
あっしの本業で担当する得意先夫婦が座ってるではありませんか。
「こんにちは」
と挨拶すると、向こうも、
「おう○○○(あっしの会社の屋号)、今日はどうした?」
あっしは『新潟競馬場へ』とも言えず、
「親戚の家に行きます」などと、とっさにウソを言ってしまいました。
得意先夫婦も、新潟の本家に法事でとの事。
あっしは挨拶もソコソコに、そそくさとお馬の会場へ行くバス乗り場に向かいました。
お馬はボロクソに負け、
なんとかお家に帰ったという、ありきたりな話でございますが、
このお得意様とは、これが最後の会話となってしまったのです。
数日後、
お店に訪問した際は、『忌中』の張り紙が貼ってありました。
息子さんに聞いたところ、奥さんは急逝してしまったのことでありました。
この時も、息子さん夫婦に新幹線で会った事をお話できませんでした。
あっしは、今でも夏の新潟開催になるとこの事を思い出します。
人間の『縁』とは不思議なものでございます。
新潟に行く列車は日に何本もございますし、そして、偶然同じ列車に乗った事も低確率なお話ですが、たまたま取った切符が1列違いの席だったと言うのも不思議でございます。
大宮駅で新幹線に乗るときも全く気づかずに、降りる段になって会うというのも、ボケッとお馬のことばかり考えていたからなのかもしれませんが、不思議といえば不思議。
元気のいいご主人でしたが、奥さんの急死に相当ショックだったようで、その後俎板の前に立つ事もなく、
奥さんの後を追うように、ご主人も亡くなってしまいました。
先日「薄情なおはなし(http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/07/post_da24.html)」というものを載せましたが、
アッシはホントその通りの人間なのかと思います。
今更後悔しても始まりませんが、あの時もう少しまともな挨拶の一つもしておけばと、つくづく思うのでございます。
☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・☆∵・ 全国から厳選した人気の| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
先日、子供の授業参観に参加したけれど、子供ってのは、純粋だなーと思います。
「そんなの当たり前だろ」
と思うかもしれませんが、あっしのような捻くれ者にとっては、やけに新鮮な光景でしたね。
上の子の授業は、音楽。
センセイがギター弾いちゃって、みーんな疑問もなく歌ってる。
今度はリコーダーの発表。
練習の成果あって、みんな上手に吹きまくってる。
しかしですよ、
自分の母ちゃんが見に来ているというのに、ぜんぜん吹かない子がいるんですね。
もしかしたら、
お母さんが、仕事や別の用事があって来ていないのかもしれないけれど、
そういう子を昔(あっしが子供の頃)なら、滅茶苦茶叱り飛ばされたものでございます。
家に帰って娘にその事を話したら、
「いつも吹いてないよ、あの子は」
と、言ってた。
「センセイに怒られないの?」
と聞くと、
「いいや」
と言う。
あっしがこういうことを言うと語弊があるかもしれないけれど、
みんなが意図も簡単に出来る事が、ソイツにとっちゃ一大事ってことがあるんだよ。
それを廻りが寄って集って非難する。
ちょっとばっかり自分が出来るからってネ。
「なぜ助けてあげないのか」
こういうことでございます。
それにしても、
今学校が乱れてるなんて騒がれているけれど、
授業の終わりに先生と生徒がみんなで『パラパラ』踊っちゃったりして、なごやかな雰囲気。
「踊りたくないヤツは歌え」
なんて言っちゃって、いい感じだね。
☆JTB旅行情報
☆
あっしのような半端な者にとって、
協調性ってのは、それこそ一大事な話でございます。
下司な話ではありますが、何時ぞやこんな事がありましたよ。
ありゃ、ダービーの日でございました。
勝ち馬はそう、スペシャルウィークでございました。
その日、アッシの嫁さんは熱で魘されておりました。
まだ子供も居なかったので、二人きりの家族でありました。
看病といっても別に何をする訳どもなく、そっと静かにしておくのがいいと思いました。
たまに隣の部屋で寝ているカミサンを見に行く程度で、メシの時間に何かを持ってく位でした。
午後になって自分が買ってるダービーが始まりました。
直線に入り、逃げてたセイウンスカイは垂れ、予想通りユタカ様のスペシャルWが抜けて来ましたよ。
あっしの持ってた馬券は、スペから2点。
2着以降はダンゴ状態で、
「こりゃダメだ」
と思った瞬間、ゴール盤前にはピンクの帽子とオレンジがドサっと入ってきましたよ。
ありゃりゃ…ピンクなら…
確定したら2着はピンク帽のボールドエンペラー!
たった1,000円(2点で2,000円)が10数万円に!!
正直言って嬉しかった。
だけど、いつもこの事を思い出します。
直線に入ってから確定するまでの間、『間違いなく』ヨメサンの存在を忘れてしまっている。
いやもしかしたら、
こういう事はその前からずーっとあったことであって、その断片に過ぎないだけ、と思う事があります。
あれからもう10年近く過ぎようとしておりますが、決して拭える事の出来ないことであり、
そういう十字架を背負っているのに、幾度となく、いや今現在もこうした事が続いている感から逃げられないでいる自分。
自己嫌悪というものでしょうか。
因果応報という言葉がありますが、
その分「そういう目」に遭わされている気もするし…
あっしはこの性格が直らない限り、
いや、
たとえ直ったにせよ、この荷物を背負って行かなければならないんだね。
「しょうがない発言」が世を騒がしているようだけど、
しょうがないじゃ済まされないようだね、アッシの場合は。。。。
。;’* + ☆∵,°・ ‥.。;’* + ☆∵,°・ ‥.。;’
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ダンナ、
あっしは野菜が大っ嫌いなんで、お肉やになったんですよ。
へい、
前にも申し上げたとおりでございます、オクサマ。
それでもですよ、
ワケー頃は、野菜など喰わなくても一つも具合など悪くなった事がなかったもんですけど、
最近じゃ、『肉のみ』って訳にゃ、いかないですな。
![]()
それにしたって、
相も変わらず、偽装だの、あーだのと、いろいろありますな、まったく。
お肉ってのは、切ってしまえば分からんという事でございますよ。
![]()
信用できるのは…
自分の舌の感覚
金銭感覚
ここだと思いますよ、奥様。
こういうのは「やった者」が一番悪いけど…
周りの者も随分と「面白いこと」やってたようで、ハイ。
流通業界ってのは、(聞くところによると)利益供与厳しいですからなー。
だからってダンナ、
何やかんや、随分稼いだようですぜ。
かわいそうなのは、従業員ですよ。
「そういう企業で働いてるから悪い」
こう言い切れますかい。
でも、
最終的にはそう言う事になってしまんですかね。
☆彡
そりゃそうと、
あっしの家で育てているレタスがですよ、
ほったらかしにしていたら、花咲こうとしてるんですよ。
えっ、
驚くほどのことじゃないって、オクサマ。
まあ、
そういってしまえばその通りなんだけど、
野菜ってのは、どうも興味が湧かなくて、
花見ただけでも、新鮮ナンス。
他に、
ミニトマトなんていうのも花つけてますよ。
夏ってのは、
食卓にゴッソリ野菜が並んで、あっしにとっちゃキツイのですがネ。
ディアカーズ 心のこもった名入れのギフト。
自分だけの名入れステーショナリー。
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あっしは一時、埼玉県富士見市の「みずほ台」と言う所に住んでいた事がありました。
90年から93年の間、
横浜、板橋、富士見、志木、また横浜と、小刻みに移動しておりました。
先日、何の気なしにその事を思い出して、"Wikipedia"で調べてみると、
駅の前の雰囲気は写真で見る限り、あまり変わっていないような感じでしたネ。
『国敗れて山河在り』
こういう言葉があるけれど、あの駅ビルっていうんですかい、そのままの形のように思えます。
ただね、
この町にいい思い出があるかというと、
【真っ暗】
なーんもいい事なんかありゃしませんでしたよ。
先日、申し上げたとおり、
↓
http://kanoyuka.cocolog-nifty.com/dairyman/2007/06/post_89f9.html
死の淵を見たのは、この町に住んで居た時でしたからね。
しかし…
今思えば、この町はアッシにとって忘れようにも忘れられん町でもあるのです。
もしあのとき、あのままこの世とお別れだったならば…
今の家族と会うことも無かっただろうし、
いま本業で塩を撒かれるようなオシゴトもしなかっただろうし、
中学・高校の同窓会に行く事もない代わりに、
「アイツ、20何歳で死んだらしいぞ」
なんて言われてたかも知れず、
ナリタブライアンやディープインパクトの3冠馬誕生も知らず、
自分自身は、なーんのご苦労もなく、忘れ去られて行く運命だったのかもしれません。
☆
病気ってのは、ホント怖い!
あっしは、根が「足りない」のでしょう。
寒い12月、そう、あれは朝日杯3歳(現朝日杯フューチュリティーS)で、栗毛のミホノブルボンが勝った年でございます。
アッシの稼業は12月がトップシーズンですので眠い毎日でしたが、日曜日は水道橋にある黄色いビルに行って、日本酒飲んだり、焼鳥を食ったりと、優雅と言うか、ご苦労が無いと言うか…
他になーんもやる事が無かったのでしょうか?
お馬も始めたばかりで、どう買っていいかも分からず…
とにかく出向く、
この一途な暮らしでございました。
元々虚弱な体質で、肉体労働には不向きだったかもしれませんが、皆がやっているように何かして、家族を養う。
自分が何をやりたいのかなどと言うことはあまり考えもしなかったので、
隙間にただ「お馬」を差し込んで暮らしていたのでしょうね。
こういうことをしていると、パンとしてくる訳もなし。
理由も分からず、ただ会社に行き得意先を回り、休みは単にお馬の生活。
何事も無く月曜が過ぎ火曜日の朝、起きてみるともう、起き上がることも億劫になっていました。
それでも、Yシャツを着て会社へ向かおうとしたのですが、ネクタイが締められない。
『こりゃ、もうダメだ、会社には申し訳ないが休もう』
水曜が定休ですので、連休すれば何とかなるな、と思ったのでしょうね。
ここから先はあまりもう記憶にないのですが、
家人に車で病院へ運んでもらい、診察があったようですが(朦朧とした状態)、即入院という事になりました。
ベッドに入った事もよくわからず、目が覚めたら真っ暗でしたョ。
どうやら個室に入れられたらしい。
入院したときの事は、ホント記憶がありませんでした。
ただ、
「たかだか風邪くらいで入院とは、大袈裟な病院だなあ」
この程度の認識で、きっと入院しないと遊びだすからと言う、廻りの者の考えだと思っていましたョ。
目が覚めると、とにかくアタマが割れるように痛い!
看護士を呼んで、事情を話したら、
「我慢して下さい」
こういう返答でした。
あとで気づきましたが、
そのまままた眠り、正気になったのは土曜の午後だったようで、
またアッシは馬鹿だから12CHでお馬がやってるので土曜と気づいた次第でした。
そんときも、
「疲れて時ってのは、よく眠れるんだな」
くらいしか考えませんでした。
その後、熱も下がりだしたので、大部屋へと移動しましたが、
合計2週間位は入院してたようです。
自分の状態がどんなであったかは、
ずっと経ってから、実父母に聞かされて分かったのです。
死にそうになると、
「三途の川を見る」
なんて聞いた事がありますが、あっしはそういうものは見ませんでした。
ただ単に、「真っ暗」なところに居るという感じで、
アッシはそこが病院の部屋だと思い込んでおりました。
ときどき思う事があります。
もしあん時に死んでいれば、もう13回忌も過ぎて、ホント忘れ去られてしまってる、と。
(それも間違いとも思いますが…)
その後も、
確かにいろいろな事がありましたが、
これはみんな「生きているから」こその出来事であり、
死んでいれば、なーんもなし。
だからといって、
そういう失敗を糧に成長したかというと、
大したこともなく、むしろ小さくなった気もするし…
若い時ってのは、
バカな事をしても一生懸命だったよな、って思うのですがね。
何か足りないんだよね、ホント。
機会があったら、みずほ台にでも行って来ようと思います。
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まもなく福島開催!
アッシが最後に福島競馬場に行ったのは、
・・・
94年のラジオたんぱ賞の日が最後となります。
ヤシマソブリンが勝ち、タイキブリザードが2着でしたね。
人気のオフサイドトラップ(晩年天皇賞秋を勝利)は馬群に沈んだあのレース、
といっても若い方々はわからんでしょうな。
ディープインパクトが三冠馬なら、
そのひとつ前の三冠馬は勿論このお馬!
で・・・
このお馬に2着に退けられたモノの1頭でございます。
昔の人は、ラジオたんぱ賞のことを、
『残念ダービー』
などと申しました。
ダービーのリベンジと言う意味では、ヤシマSは3着でしたから、まさしく残念ダービーでした。
もうひとつ、
昔は通称マル外(外国産馬)は、ダービーに出走できなかったので、こちらにひと月ほど遅れて参戦、という形がありましたね。
今では外国産馬にも枠がありますので、
また距離は違うにせよ、NHKマイルCなんてのも出来たので、お馬のレース体型というものも、随分変わりました。
今年もたぶん、
福島競馬場に行く事はないでしょう。
せめて競馬場の前までと思い、
誰もいない福島競馬場へ、足を運んでみたのです。
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四十も過ぎて、
「やりたいこと」
いっぱい有りすぎてねぇ。
家のローン完済
子供たちを育て上げる
嫁さんに楽をさせてあげる
仲間との交流
それに加え、
【やりたかったこと】
これも数え切れない。
結局、「迷い」ってものなのでしょうか。
中学の卒業文集に、
『リーチかけたら一発で積もり、裏ドラ3丁跳満のような人生を送りたい』
馬鹿なコメントを残した記憶があるけれど、そういう事なら迷いも少ないでしょう。
実際にはそんな事ばかりはないし、そうなるとも当然思ってもいなかったけど、迷うねぇ、生き方ってのは。
その瞬間、瞬間を目いっぱい生きるしか策はないんだね、まったく。
外は案外暑いネ…
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早くも、安田記念。
それがおわりゃ、エプソムCやって、サヨナラ東京、こんにちは、函館って事でございますか。
東京開催が終ると、主場は福島ということになりますね。
最終日には七夕賞。
なんとも夏の匂いがしてきます。
ところで、
安田記念
昨年は運良く枠連ゲット。かといって、苦手中の苦手なレース。
当たった馬券は即答できるほど(どのレースもだいたいそうですけど)のもの。
エアジハードの勝った99年。
コイツも手堅く枠連。配当も固い!
あとは、
ツルマルBが勝った時だから2004年。
こん時は3連複。3着のバランスオブゲームを買いたかったから。
(複勝でも良かったのに…危なかった)
ケチのつけ始めは、
ヤマニンゼファーが勝った時。
92年でしょうか。
アッシは。。。。
ダイナマイトダディ買って、ドボン!
同枠のヤマちゃん、2着のカミノクレッセは買ってるから、枠連ならあたりなのにって事でありました。
極めつけは、
その翌年、93年。
またヤマちゃんが勝ち、2着が牝馬のイクノディクタス(よく穴あけましたね、このお馬)。
こん時はもう最悪。
馬連で、マイネルヨース、カミノクレッセというど人気薄、破廉恥配当を狙って。。。。
来たのは・・・同枠のお馬って事でしょ。
枠連で買えば、
『3-7 9,830円』
一緒に住んでたオンナと観戦してましたが、コテンパンにバカにされましたな。
そういう事もあったりして、
アッシは馬連は滅多に買わなくなりました。
余談ではございますが、
この一緒に観戦していたというオンナは、アッシのお馬のセンセイでもあります。
あまり長続きはしませんでしたがね。
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先日、志木と言う町のお話を致しました。
今回もその続きです。
この町に移り住む以前は、志木から東武東上線で川越方面に2つばかり先に行った「みずほ台(富士見市)」というところに住んでいましたが、準急(池袋から成増まで通過、その先は各駅停車)しか停まらないので、特急(当時)、急行も停車する志木を選んだのです。
もっとも仕事場は、あの「とんねるず」で有名な東京・板橋区の成増というところでしたので、都内に住む手もありましたが、家賃の事を考えると、少しだけ離れている埼玉を選んだのです。
みずほ台より志木の方が利便性が高いということでしょうか、家賃も割高だったような記憶がありますが、迷わず志木に住む事を決意しましたネ。
そこに至るにはもう一つ、大事な理由がありました。
前回志木駅が、新座・朝霞・志木の3市境界にあるお話を致しました。志木駅のすぐおとなりの朝霞台はJR武蔵野線が通っている、という事実が大きな要因なのです。
この武蔵野線に乗れば、お馬の会場に一直線というわけです。
上り列車は府中、下りなら中山と、乗換なしで行けると言うのですから、お馬中毒初期症状のアッシにとっては、まさに文句の付け様のない立地条件でありました。
「それなら志木より朝霞台に住んだ方がよかったんじゃないの?」
そういう意見もあるでしょうが、当時(1992年頃)は朝霞台駅には東上線の急行は停まらず、JRとの(JRは北朝霞と言う駅名)接続駅という点では重要でしたが、大きいお店がある訳でもなく、ひっそりとした雰囲気であり、寂しがり屋のアッシは駅前が賑やかな志木をあえて選んだのです。
いまでは朝霞台駅にも急行が停まるようになった(1998年3月から)し、お店も増えた様子なので、こちらを選んでも申し分ないのでしょう。
もう、志木も朝霞も15年以上御無沙汰なので、随分様変わりした事と思います。
おもしろい近況をご存知の方は、教えてくださいネ。
何はさておき、雪の中山でホワイトストーンが勝ったAJCC(レースが始まる前に雪は止んでいましたが)も、ミホノブルボンがマチカネタンホイザを差し返した(勝ったのはあの悲劇のお馬、ライスシャワー)菊花賞を府中のターフビジョン(今ではオーロラビジョンと言うのか?)で見た時も、あの武蔵野線で行ったんだったっけ。
なかなか時間と心の余裕がなくて、あちら方面に行くことは出来ないけれど、そろそろ見にも行きたく思い、ふと住んでいた頃を思い出したのです。
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今からもう15年以上前のお話ですが、以前私は埼玉県の志木という町に住んでいた事があります。
1992年2月から1993年7月までの、たた1年半位ですが、かなり思い出深い町ですね。
この町は、どこにでもある田舎町と言えばその通りですが、駅周辺は商業地区で、市内全域が農業地区と言うわけではなく、何とも表現し難い町でした。
それに加え、変わった一面もある町で、なんとなく変わり者の私にはピッタリの町でありました。
まず1点目。
市内を走る鉄道は東武東上線ですが、志木駅は志木市でなく『新座市』である事。
志木市に位置する駅は、志木駅の隣の「柳瀬川」です。
2点目は駅付近は新座市と言うだけでなく、志木・朝霞市の3市の境界地付近である事。
3点目は駅付近のが位置する住所は「本町」というところですが、数字の大きい方が駅に近く小さくなる(1丁目)につれ駅から離れていくという状態。
これは駅が端っこにあるからなのでしょう。
市役所は全く別のところにあります。
私は、慶応志木高校の直ぐそばに住んでいましたが、ホント静かなものでありました。
こういった特徴のある町ですが、
もうひとつ気に入った側面のある町でもあります。
それは次回にお話しすることと致します。
☆ミ☆ミ☆ミ
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ねえダンナ、
このブログの題名、おかしいと思いやしませんかい?
『dairyman-畜産?を考える日記』
まず変なのは、
"dairyman"
ふつうは大文字から始まるんじゃネエかとアッシはおもうでえヤンス。
このミノルってのヤツはオベンキョウができないんでしょうなー。
ヤツに聞いた話で御座いますが、
中学の頃、ヤツのアニキに英語を習ってたらしいんだけど、単語の発音ひとつ間違いに付きパンチ一発だったらしく、弱虫な奴さん、泣いて許してもらったとかなんとかって言ってましたよ。
このアニキってのは、その後英語教師になったというから、ちゃんと習っておけば大文字と小文字の使い方くらいは出来るようになったと思うんだけどね、ダンナ。
まあ、オベンキョウは酷いもんですよ。
高校のときゃ、ヤツは物理が苦手みたいで、あのバカ、何やりだしたと思います?
カンニング??
そんな常識的(???)なもんじゃありませんぜ。
ヤツには恐いアニキの他に、3つ違いの弟もいまして、
ヤツが高2だから弟は中学2年。
その弟を「弟子扱い」してましたからね。
学校から帰ってきて、
「中学の勉強しなくていいからこの教科書勉強してオレに教えろ」
中学生に物理の教科書渡して、自分に教えろ???
完全に狂ってますぜ。
しかしこの弟はバカなアニキの言いつけを守ったんでごぜーます。
「ぶい=ぶいぜろ+at」
中学生から習っていたのでございます。
この弟は結局駅伝に出てくる白いユニフォームの大学の理学部に入学したらしいというからお笑いな話ですぜ。
それも大学院まで行ったというから…
「門前の子供、なんとやら」
まるで落語ですな、ミノルってヤツは。
そうそう、
こないだなんかも自分の娘を呼びつけておいて、
「自分の夢は何?」
と訊くかと思えば、
「自分自身のゆめ」
語ってましたよ。
娘らは「それで何になりたいの?」なんて聞いてましたけど、ヤツは…
『北野菊次郎』
訳わかりませんなー。
確かに酔って道で寝てたりしてますがね。
「畜産?を考える」
なーに奥様、
アイツは畜産の「『ち』のじ」も語れるような男じゃありませんぜ。
確かにヤツの相棒上ちゃんマンは大したオトコだけどね。
上ちゃんマンは家畜行動とかを研究し、立派なお役人になったけど、ミノルって野郎は、農業実習を抜け出し「単位なし」。
再履修ですわ。
そん時も、ヤツが住んでたあのお化けのでる寮の一番優しい先輩から、
「オマエのようなヤツは見たこと無いよ」
なんて、ヤンワリ叱られてましたよ。
考えてみりゃ、農業勉強しにいってるのに、実習サボるバカがいますかい、ダンナ、奥様。
滅多にいない再履修者なので、そこでも有名なったみたいだし、ヤツは上下の厳しい寮にいたもんで、実習中は後輩と一緒。
後輩が申しわけなさそうに手伝うんですよ。
なーに、悪いのは勝手に単位落としたヤツなんですけど。
畑の中で寮の後輩から挨拶されるのは恥かしいなんてぬかしてましたよ。
体育会でもそうだけど、
1年違えば、扱いは天と地ほどの違い。
4年生なんかもう神様扱いでしたからね、あの寮は。
アイツは学校に入学したとも言えるけど、寮に入寮したようなもんですよ。
だから一応"?"つけたんじゃーねんですかい、ダンナ。
それでもすくわれてるのは本業が肉屋。
少しでも畜産に貢献してるのかも知れませんョ。
それと、
学校に行ってたときは殆どお馬など知らなかったヤツが今じゃお馬中毒。
畜産振興に貢献してるとも…
まあ、
そんなとこですかい、奥様。
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先ほどプール調教から帰って参りました。
長休明けで重い!
もしこれがレースであったなら、恐らく『殿の侭(しんがりのまま)』。
明日は本業が定休日なので、もう少しビシッと追いたかったのですが、まだ無理が出来ないので、そこいらをくるくる廻らんといけないでしょう。
きのう、弥生賞のお話をしたと思いますが、そこで「根岸森林公園」というところのお話を(少し)致しました。
ココには面白いお話があるんでございます。
このお話は、アッシが高校生の頃、2年生だったでしょうか、もしかしたら3年になっていたのかもしれません。
記憶は定かではありませんが、1年生でなかったことは確かだと思います。
この公園は元競馬場ですが、現在はその面影もあまりありません。
お馬中毒者にとっては、かすかな馬の匂いがするかも知れませんが、アッシは高校時分はお馬などやってなく、専ら「P&麻雀」でしたので、そこが競馬場だろうか、なんだろうかどうでも良い話でした。
但し年一回必ずココへ集合しなければならない事がありました。
陸上競技大会の延長戦なのか、マラソン大会が行われる会場なのです。
「昔お馬、今はガキ」
だからといって、
男子芝、女子ダート、なんて具合ではありません。
たしか距離は違ったような気もしますが、ちゃんとロードワークが出来るよう整備されていて、ダートコースも芝コースもありません。
但し、芝生の広場はありますが…
生意気な高校生といえども、地下鉄バスを乗り継いで、ちゃんと会場に行き、黄色の勝負服(ジャージ)に着替えて参加するので偉いっ。
1年の時はソコソコの成績だったような気が致します。
しかし、この時のミノル号は…
『出走取消』
会場まで折角行ったのに、元来の面倒臭がりが出て、直前に回避!
ボケッとブレザー姿で皆がグルグル廻ってるのをゴール付近で見ていました。
レースは滞りなく終了し、その後どうせパチンコ屋かなんかに行ったのでしょう。
あまり覚えてはいませんが、淡々と一日が過ぎたような気が致します。
しばらくたったある日、
アッシの実母が、
『アンタ、大会何位だったの?』
と、尋ねました。
『大したことはないよ』
と答えると…
『アンタ、出てないでしょ』
アッシはこう思いました。
『誰か口の軽いヤツがいやがる』
どうして、と聞くと、
「アンタが制服姿で立ってる写真、学校に貼ってあったわよ」
翌日学校に行ってみると、ゴール前で突っ立ってるアッシが大写りしてるではありませんか。
これがホントの、
【写真判定】
というものでございます。
若いファンは知らないでしょうが、この公園には馬事公苑があり、金杯・AJCCを連勝した金髪のトウショウファルコがいます。
正月に行くとJRAの卓上カレンダーがもらえます。
馬に触れる日も確かあったような…
但し、馬券は買えませんが、何故かハズレ馬券が落ちていたのを見たことがあります。
WINS横浜から市営バスで行けるからでしょうか?
下らん思い出話ですが、
皆さんにも故郷の綺麗な思い出があるのでは!!!
・°。・°*・°。・°*・°。・°*・°。・°*・°。・°*・°。・°*・
シャネルの新作はOttyにおまかせ♪
直接海外ブティックからのお取り寄せているので、
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インポートギャラリーOtty(オッティ)
至福の時を味わう高級旅館・ホテル
【Kihin】
「浸る、至福。」スリランカで究極のリラクゼーション
スリランカの古都、キャンディでアーユルヴェーダに浸る旅。
トリートメントだけがアーユルヴェーダではありません。
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まもなく3月。
いよいよ春到来というところでしょうか?
この冷え込んだ日本にも、景気のいいお話が少しづつ出てきているようですが、
不景気なしのお話というのもあるようですね。
あのトヨタ自動車は年間一時金258万円の要求に満額回答!
何といっても素晴らしいですなー、満額は。
ただし「出来」でなければネ。
一時金の満額回答が8年連続。
たとえ「出来」としても、8回連続ともなれば、スゴイ事になります。
ただし、賃上げの方は厳しそう。
成果主義だかなんだかで、業績・成果反映型の一時金は満額であっても、給与ベースを上げるというのは、いろんな問題がありますからね。
一時金ってのはまさしく「その時払い」。
基本給制度を採用している企業にとっては、一度盛った基本給を削るというのは、難しい。
難しいというより『面倒』という事もあります。
人数の少ない企業ならともかく、組合のあるような会社では、従業員も多いでしょうから、いろいろな事務手続きも必要になってくる。
PCが発達している現在では、そんなに面倒ではないのかもしれませんが、何せ毎月のお給料のお話で済まなくなるから、基本給ってのは厄介なのでございます。
給与制度は企業によってまちまちでしょうが、基本給ベースで退職金算定している制度を持ってる企業にとっては、グンと圧し掛かって参ります。
いずれにせよ、500円のベアがあったとして、
500(円)×12(ヶ月)=年間6,000円かよ、なんて簡単なものでない事を経営の方々はよくわかっていらっしゃいますからネ。
成果主義でいきましょう、などとかなり軽く会話の中で使われておりますが、インセンティブな給与を何でも当てはめると…
まあそんな難しいお話はどうでもいいのですが、アッシの現在のポジですと、悪事をバンバン摘発し、やる気の無い人間を見つけ出し、…
成果主義なら給料上がりますな。
ただ「そんなに悪いヤツ」はいないので、作り上げるしか方がない。
あとは…人の道に外れているか、否か。
下らん話になりました。
アッシはタダのお馬中毒者なのですが、数年前までは労使交渉ってのをやってた経緯があります。
300名程度の組合員の単組でしたが、おかげでいろんな勉強ができました。
いずれにせよ、
成果主義だの何だのと、言葉に踊らされる事無く、仕事の評価とは何かということをよく考えるべきでしょうね。
カネってのは、人の心を変えるからね。
ギャンブル長年やってると、痛いほど分かるでしょ。
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少し前までは、馬好きの生態学っていうHPやってたんですわ。
したっけ、そのなんていうんですか、サクサク作成君とかいうのが廃止になるってんで、今のこのブログ中心な活動になったわけでありやして…。
ダンナ、白状しますぜ。
アッシがなぜお馬の世界に行き来するようになったかってことを。
そりゃーですよ。
まだ23歳のハナタレ小僧でした。
ある日TV見てたら、柳葉敏郎と賀来千賀子がいってやんす。
「馬の『目』を見ろ」
アッシは、お馬などぜーんぜん興味なかったけど、本業の職場にも競馬ブームが到来していていたんですな。
みーんな「ダービー」とかいうレースの予想をしてる。
そん時のTVCMがあれですわ。
どうやってお馬を的中させていいのかわからず、馬の目を見ろって言うんだから、メジロライアン(目白)と、なんかくっつけりゃーいいっ位の気持ちでおりやした。
まだ単勝も複勝もよくわからん頃でしたわ。
とにかくメジロと仲よさそうなやつにくっつけようと、
『ホワイト』ストーン
『ハク』タイセイ
面白名前の『ツルマルミマタオー』
それとね、
『アイ』ネスフウジン
これが、たまたま的中しちまったもんだから、お馬の世界に「どっぷり」ですわ。
こんときゃ、こんなことになるとは思ってもいませんでしたから、当たり馬券をコピーして、とっとくなんてはしてませんぜ。
その年の暮れ、アッシは病で倒れました。
そのとき本を読むことくらいしか、やることがなく、そこで高本式の祖、高本公夫先生の著書と知り合ったのでした。
一気にやる気が起きましたね。
アッシがお馬の世界に入っていった訳って言うのはこんなところですか。
CMでもう一本ビッグなの、頂戴しておりますが、、、。
あとで正直に白状致しやす。
若気のいたりで、どうか見逃して下せえ、ダンナ。
今でもCMを見ると、そのことを思い出しヤス。
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